ボクの嫌いな言葉に風評被害がある。福島第一原発事故以来、やたらよく聞かれるようになった。福島の観光業における風評被害、漁業の風評被害。まるで、批判する人が悪いから被害が生じるような言い方。
歴史上最大(最大級?)の公害をもたらした原発事故の被害とは何だったのかを覆い隠すように使われる言葉。福島第一原発のメルトダウンした核燃料の取り出しができるまでには100年単位の時間がかかるだろう。これまでも15万人の人が家を負われ、家業を失い、福島県内で「災害関連死」と認定された人は4月までで2355人に上る。地震や津波で亡くなった「直接死」の1.5倍とも言われ、津波で被害を受けた他の県とは比較にならない人数にのぼる。認定を受けた方が2355人。だから、この数は氷山の一角に過ぎないのだろう。
事故を起こした責任のある側の与党政治家が「風評被害」という言葉を使うとき、ことさらに悪意を感じるのはボクだけだろうか。
私たちの働く教育現場でも似たようなことが起こっている。教員不足が生じているのは、エピソードトークが氾濫しているからだという学者が文科省の中心で議論している。文科省の政策にも多く関わっている東北大学大学院教育学研究科教授(教育行政学)の青木栄一氏は、「高齢者(70代)の非常勤講師を雇用した」「採用試験倍率が3倍を切った」「校種、教科、世代など不明の漠然とした『教師』不足言説」をそれとしてあげている。要するにたいした根拠もなくこういうことを言うから教員不足が加速するのだという。ボクは自分の受けた教育に微塵も魅力を感じていなかったが、教育実習で教育のすばらしさを実感して、民間で研究者になろうと思っていた気持ちが大きく変わった経験がある。しかし今、現実問題、教員を目指す学生が最後の確認の場としてくる教育実習で「よくきたなぁ」と面倒を見てくれる教員の少なさと余裕のなさに絶望している学生がどれくらいいるのかご存じだろうか。青木氏には「1ヶ月学校現場で働いてみろ」といいたくもなるが、彼によれば「教員はブラック」と言いふらすやつのせいで教員不足を生じていると言わんばかりだ。道教委の人からもしばしば同じような台詞をこの半年で何度か聞いた。君らも1ヶ月でいいから学校現場で一緒に仕事をしてみればいい。自分たちが押しつけた業務が何だったのか実感してみるといい。
働き方改革が焦点にもなっているが、「研修を認めない」「学テ」や「北海道チャレンジテスト」「授業時数の機械的な押しつけ」等が、この15年、学校現場の荒廃と多忙化を進めたことを知ってか知らずか、道教委は働き方改革「北海道アクション・プラン」の取り組みは浸透しているとしている。あきれたもんだ。浸透したのは「働かせ方改革」だ。この1年だけでも、ICT支援員がいない中、校務支援システムの更新とHP更新、学校にあるデータのクラウド移行などを現場に要求している。これがどれだけ影響が大きいのか、職場全体の業務がどれくらい増えるのか理解しているのだろうか。全道200校の職場で「車の整備士がいないから、全部の学校で車の整備車は自分でして下さい」と言っているかのようだ。かけ声のよい「地学協働」も推し進められているが、人数の少ない地域の高校では猛烈な負担感となって押し寄せている。制度が回り始めるまでがまず大変なのだ。ぱんぱんに膨らんだ業務の中で地域との協働がどれだけ難しく負担が生じる事なのかイメージできているのだろうか。そして現場では業務が減った実感はほとんどない。
今日、賃金確定交渉がある。
ボクは少なくない組合費を支払った現場の教員の血を分けてもらって仕事をしていると思っている。現場の叫びを伝えたいと思う。
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